ばのブログ

フルゆとり世代の俺

零の夏

今週のお題「夏を振り返る」
今週のお題「わたしの自由研究」


梅雨を終えて夏が来る。どこまで続くかわからない曖昧な雨が終わりを迎える頃には、この道を通ることも残り少なくなっているのだろう。
彼女の横にいる彼はそんなことを知る由もなく近づく休暇に胸を弾ませていた。

「どうせ予定ないんでしょ」
そんな皮肉を言ってみる。
「予定はこれから作るよ。」
「そう。」
と言った彼女は呆れた表情で、それ以上なにも言うことはなかった。
景色が変わっても彼がいた。
何年かに一度変わる通学路とあの頃は近かった片隅の野草がこれまでの年月を呼び起こす。

「ねぇ、あのさ」
そう呟いた彼女の言葉を遮るように彼は言った、
「そうだ、今年も近所の祭りに行こう。」
突然跳ねるような明るさで言った彼は、疑いを知らない真っ直ぐな瞳の中に彼女を閉じ込める。
いつもそうだった。話を聞かずに振り回してくれた。今回だってその強引な無邪気さで悩みまで振り落としてくれればよかったのに。

間をおかずに答える。
「うん。」
彼女の出来る精一杯の笑顔だった。
「じゃ、また連絡する」

数字を隠したカウントダウンが進む。今日は一つ数字を進めることができたのだろうか。確かではないけれど、この見えないカウントダウンを自分の手で進めたいと強く願った。三から二でも、二から一でも良かった。動かない数字はどこにいたって零と同じだ。

春夏秋冬を冠する休みがある。出会いと別れを連想させる季節が、必ずしもその様相を帯びないように。出会いと別れが必然か偶然かの判別がつかずとも突然になることはある。

今年も一際長い夏が来る。待ち遠しくて、手を伸ばして、がむしゃらに走って追いかけた夏。好きだった、嫌いになりたくなかった。肌を伝う夏の鳴動は彼女を逃がさない。七日目を過ぎても鳴り止まないことが一人ではないことを教えてくれる。皮肉にも孤独を感じることはなかった。
決められた生であればもっと必死にあがいたなんてことを、この音が止まないうちに口にすることはできなかった。長いはずの夏が今年はあの子達の生と重なっている気がした。日差しが肌に刺さる、雲一つない空からの恵みは遠慮をしてくれない。

__________


「今年も祭りに行こう」
あの日から焼き付いて離れない言葉を何度かの夏と一緒に迎え越えて、果たされなかったことを引きずる。四方に散りばめられた思い出の欠片を振り払っても、残された言葉が奥で燻り、自分を救おうとその場しのぎで投げた言葉は彼ではなく、彼女自身に深く刺さっていた。溢れ出るものに滑剤としての効果は期待できず、ただ腫れが引かずに化膿する傷が何度もそこへ彼女を舞い戻す。望みは叶わないからこそ望みであり続け、消えてしまうぐらいなら背負っていたほうがいいのだろうか。一縷の希望さえないのに。

今年じゃないと駄目だったのかな。
そんな問いかけを投げては決して揺れることのない水面を覗く。曖昧な雨がその曖昧さで降り続け、なにもかも流され沈んでしまえば向き合わなくて済むのに。
また雨が降る。また夏が来る。空気が淀み下を向く人波に飲まれながらも彼女は降り止まない雨に手を合わせていた。

どうかこのまま。